失敗した企み


　その日、私と釣友の心には一つの計画があった。
　いつもとは違って、この日はもう一人友達を誘っていた。

　歳も職場も同じ、K君である。
　彼は、これといって趣味もなく、しいて言えば愛犬の散歩程度が趣味で、暇を持て余している風にさえ見えた。
　背は180位あり、痩せていて、以前は山登りが好きだったようで、健康体そのものという感じの男だ。

　その日は、大又沢の下流から入渓した。何とか彼に釣らせたかった。
　だから、いいポイントは彼にやらせるように気を使った。
　初めての釣りで、ヤマメを釣るのはなかなか難しい。
　だから、1匹でいい。あの、掛けた時の、手ごたえ、引き味、、、麻薬のように（使ったことはないが）忘れられないはずだ。

　そうなのだ、彼を釣りの世界に引きずり込む、それが二人の計画だった。
　二人の心配をよそに、意外にも彼が何匹かのヤマメを見事釣り上げた。
　幸運なことに、放流直後だったのだ。もちろん、掛けても途中でバラしたりは多かったらしいが。
　これで完全にハマったな、私はほくそえんだ。

　法行沢の出合で釣りを終わりにして、彼に「どうだった？」と聞いた。
　彼は、「ヤマメに針が刺さってかわいそうだった。」と一言。
　その後、岐阜の高原川まで３人で旅行したが、彼が渓流釣りにハマることはなかった。

　今も車のトランクに新品の竿が眠っている、らしい。